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大学時代と私 【白力勲】編(若者の主張)

大学時代と私の第二弾です。

今日は、物語にも登場する【白力勲】編(私費留学生)をご紹介します。

この文章は、物語から4年後くらいに書かれたものでしょう。

物語の中ではまた片言の日本語ですが、これから紹介する文は日本人でもなかなか書くことのできない文章です。

留学生にとってホントに訓練の場となっていた大学時代&山手学舎なんですね。


しみじみ思います。


どうぞ皆さんも文章から体感してください。

ちなみ彼は現在ある企業の副社長でばりばりのビジネス戦士です。

以下 文

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大学時代と私  ----------随筆----------


後半年で社会人になる私にとって、もはや大学時代は完了形である。

振り返れば、苦楽を共にする四年間は短かったような気がするが、社会に対する青年の特有な不安感を抱きながら新たな自分に挑戦しようと、心の中で学校という言葉に終止符を打った。

しかし、学校、寮そしてアルバイトという三位一体の大学生活は私の青春時代のもっとも大切な宝物として一生私に付き添うだろう。

山手学舎との出会いは私の大学生活を大きく変えたに違いない。

留学生の角度から見れば経済的な面だけではなくキリスト教との出会い、また日本人学生との交流は自分にとって何よりの勉強である。

入舎する前に一度も聖書を読んだことのない私も周りの影響を受けて、次第にキリスト教に興味を持つようになってきた。

寮は決して宗教的色彩が濃厚ではないが、寮生の中で敬虔なキリスト教信者がいて、彼らからかつて感じたことのない寛容な優しさに魅了されたかもしれない。

山手学舎は自治寮であるが、私はそれに誇りを持っている。

なぜならば学舎の人間が他の寮生より逞しく生きているからだ。まるで小さな社会のように舎生一人一人歯車になって、役割分担で学舎を支えている。

この四年間で先輩を送り、後輩を迎え、合わせて二十何名の学生と共同生活してきたが、私はその中の三分の二の人と喧嘩したことがある。

せっかちで冷静ではない性格のせいかもしれないが、合う人でも合わない人でも心で付き合っていたと思う。そして人間関係に対して自分なりにまとめた座右の銘がある。

「人と心で付き合い、人をなめたり、憎んだりしてはいけない」、これからもそういうふうに生きてゆこうと思う。

山手学舎あっての大学時代といっても過言ではないが、その貴重な寮生活も私の生涯に大きな影響を与えるだろう。

大学時代を反省してみれば、学業に全力を尽くさなかったことをすこし後悔している。

確かに法律の勉強は大変で自分に向いていないとあきらめたところがあったが、自分の興味を持つ金融分野についてもあまり力を入れなかった。

サークル活動などで楽しかったが、もともと世渡りの不器用な方で、大学で友達といえる日本人の学生が二人しかいなかった。

結構学校をサボって十分な交流を行わなかったか、共通の話題が少なかったのか、自分でも原因ははっきりわからなかった。

大学で勉強はすべてでないことを身で感じていた私はさまざまな人と出会い、さまざまな刺激を受けてきた。

他人の生き生きとした成長ぶりを見て、自分があわてて成長しようとする姿もあった。

私はいまも学生から社会人になる前の最終段階で社会に適応するため新しい自分を作り出そうという努力を続けているが、十年、二十年後自分の人生にとって大学時代はまた深い意味があると信じている。

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